さわのモデルは誰?赤痢の怖さ、道長と倫子は子沢山…大河ドラマ「光る君へ」3月24日放送振り返り (6/7ページ)

Japaaan

長男・藤原頼通(よりみち)
正暦3年(992年)生~延久6年(1074年)没
父の後継者として摂政・関白になる。娘の藤原寛子(かんし/ひろこ)を後冷泉天皇に、養女の藤原嫄子(げんし/もとこ)を後朱雀天皇に嫁がせる。

次女・藤原妍子(けんし/きよこ)
正暦5年(994年)生~万寿4年(1027年)没
三条天皇(居貞親王)に入内し、皇后となる。娘の禎子内親王(ていしないしんのう)が後朱雀天皇に入内する。

五男・藤原教通(のりみち)
長徳2年(996年)生~承保2年(1075年)没
後に関白となる。娘の藤原歓子(かんし)は後冷泉天皇に入内し、皇后となった。

四女・藤原威子(いし/たけこ)
長保2年(1000年)生~長元9年(1036年)没
後一条天皇に入内し、皇后となる。娘の章子内親王(しょうし/あきこ)は後冷泉天皇の中宮、馨子内親王(きょうし/かおるこ)は後三条天皇の中宮に。

六女・藤原嬉子(きし/うれしこ)
寛弘4年(1007年)生~万寿2年(1025年)没
後朱雀天皇の東宮(皇太子)時代に成婚、後冷泉天皇を生んだ。

のちに天下の権勢を極めた道長の正室とあって、6人の子供たちはことごとくエリートぞろい。

もし倫子を主人公とする物語があったら、
「倫子はたくさんの子宝に恵まれ、どの子も立派に成長。一族は大いに立ち栄え、道長と末永く幸せに暮らしました。おしまい」
というハッピーエンドが描かれることでしょう。

とは言え、道長には側室の源明子ほか、たくさんの妻妾がいました。

妾よりは恵まれていても、寂しい時があるのも確か。

10代のまひろが思っているほど、正室もいいことばかりではなかったようです。

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