無類の男色嗜好。徳川3代将軍・徳川家光の性癖と寵愛されて出世した2人の重臣【前編】 (2/3ページ)

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家光の男色趣向

徳川家光(Wikipediaより)

歴代の徳川将軍の中にも男色家は多く、中でも3代将軍・家光の男色好みは群を抜いていたとされる。若年時の家光は女性にまったく興味を示さなかった

地位の高い武士や大名にはお付きの家臣があり、中でも身近に控え身辺の世話をする「小姓(こしょう)」と男色関係に発展する事例が多いとされた時代にあって、家光も例外ではなく、気に入った小姓と男色関係にあった。

1616年には60名以上の少年が小姓として家光家臣団を形成しており、家光と男色関係にあったことが伺える。

大奥誕生のきっかけに

家光には、十代の頃に坂部五右衛門という小姓を斬った逸話が残されているが、男色関係の縺れによる事件であったとされる。

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