徳川家を四代に渡り祟った妖刀「村正」とは?その由来と伝説の真偽に迫る (4/4ページ)
そして村正は室町時代の人物なので、二人が直接の師弟関係にあったことはありえないのです。
おそらく、後世の人の想像で、二人の名工が結び付けられて考えられたのでしょう。
結局のところ、村正が妖刀として有名になったのは、戦国時代に三河(現在の愛知県)の徳川氏とその周辺の武士たちが、比較的近い伊勢で作られた斬れ味の良い村正を手にすることが多かったからでしょう。
つまり、村正はたくさん出回っていたため、暗殺にしろ解釈にしろ、さまざまな場面に使われていたのです。
一方で、刀工である村正は刀の切れ味に執着していたと言われていたことから、村正=妖刀、というイメージが定着してしまったのでしょう。
参考資料:刀剣ワールド
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