初期の明治新政府を運営したのは薩長ではなく公家だった!~ 公家による政治運営から内閣制度発足まで【後編】 (4/4ページ)
そのため、三条実美が在世中は彼の権威に経緯が払われ続けました。
また、考えてみれば明治天皇も旧公家グループの一員であるわけで、この公家グループの系譜はその後も途切れることはありませんでした。西園寺公望、近衛文麿、昭和天皇、そして細川護熙と、この系譜は日本史の節目節目で政治に大きな影響を及ぼしています。
伊藤博文は、後年大磯の自宅の敷地に四賢堂を建てており、四人の先人を祀っています。そのうちの二人が大久保利通と木戸孝允で、さらにそこへ岩倉具視と三条実美が入っていることも、故無き事ではないと言えるでしょう。
参考資料:
八幡和郎『歴代総理の通信簿』2006年・PHP新書
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