暗殺が横行した江戸時代の幕末に「尊王攘夷派の四大人斬り」と呼ばれた暗殺者たちの末路【後編】 (4/4ページ)
中村半次郎の末路
明治政府で軍人として陸軍裁判所所長などを歴任していました。しかし、西郷隆盛が「征韓論」の末に明治政府を去った時は、すべての職をなげうって西郷に付き従い鹿児島に帰還します。そこで西郷と半次郎は私学校を創設しますが、これが西南戦争へのきっかけとなります。
西郷の意思とは関係なく反政府組織となっていき、さらに明治政府の西郷暗殺計画が発覚すると、半次郎主導で武力北上に。この戦争で西郷も被弾し自決しましたが、中村半次郎は西郷の死後も戦い続け、最後は額に銃弾を受けて絶命します。享年38歳。
新しい時代のために奔走した男は、尊敬する師とともに戦って散った最後でした。
まとめ 人斬りと呼ばれた男たちの末路前後編で幕末の四大人斬りとその末路について紹介しました。
四大人斬りと言われた男たちの末路は、それぞれ悲惨な最期でした。それぞれが志をもって自分の中の信念に従った行動が「人斬り」であり、それが四人の正義だったのです。
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