すっ飛んだ2年間を補足、清少納言・爆誕!伊周と道長の弓競の実際…大河ドラマ「光る君へ」4月14日放送振り返り (2/7ページ)

Japaaan

それでは今週も、気になるトピックを振り返っていきましょう!

正暦2年(991年)から正暦4年(993年)……すっ飛んだ2年間を補足

誰が演じる?藤原頼通(画像:Wikipedia)

字幕「正暦四(993)年」
ナレーション「2年が過ぎ、摂政・道隆のもと、道兼は内大臣に、伊周は、道長と並ぶ権大納言に。道綱と公任は、参議となっていた」

道長に励まされ、道兼が泣いていた直前のシーンから2年の歳月が流れました。

ストーリーの進行上、あまり大きな動きがない時代をすっ飛ばすのは無理もありません。

でも、ここではすっ飛ばされた2年間に何があったのか、ざっくり見ておきましょう。

正暦2年(991年)

2月12日 円融院(坂東巳之助)が崩御。 9月16日 円融院の崩御にともない皇太后の藤原詮子が出家。 一条天皇が東三条院の称号を宣下。史上初の女院号に。

正暦3年(992年)

1月 道長長男・藤原頼通が誕生(母:源倫子)。 時期不詳 道長の次男・藤原頼宗が誕生(母:源明子)。 時期不詳 一条天皇の発願により、正暦寺(奈良県菩提山町)が建立される。
建立には兼俊(けんしゅん。亡き藤原兼家の子。道長の異母兄弟)が貢献。

詮子が出家し、道長の子が相次いで出産……。

かなりの重要トピックな気がするものの、とにかくいいからすっ飛ばします。

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