死者が100人を超える犠牲を生み出した昭和時代の「国鉄戦後五大事故」はなぜ起きてしまったのか? (4/4ページ)

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すると不思議なことに、そうした機能不全状態を象徴するかのように、似たような事故が立て続けに起きることがあります。

上述の三河島事故・鶴見事故がまさにそうですし(両者は二年間で立て続けに起きています)、また先に紹介した洞爺丸事故・紫雲丸事故もそうです。

また、さらに時代が下ると航空機事故が連続して起きた時期もありましたし、1970年代には千日デパート火災・太洋デパート火災と、やはり100人以上が亡くなる大火災が連続発生しています。

そうした視点から、ご紹介したような国鉄五大事故やその他の事故・災害事例を調べてみると、それまで社会を支えてきたシステムが何だったのかが見えてくるかも知れません。

参考資料
事故災害研究室

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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