紫式部、ホームシックから結婚を決意。都から離れての雪国暮らしの中で詠まれた数々の歌「光る君へ」 (3/4ページ)

Japaaan

行き来に慣れた塩津山を越えるのが辛いように、生きていくことは辛いということを)

こうした和歌から感じられるのは、新天地へ向かう前向きな姿勢ではなく、遠国へ赴く心細さです。

ホームシックから一大決心へ

また、武生に到着しても、それは変わりませんでした。むしろ、降り積もる雪が、彼女の心を閉ざしてしまったのかもしれません。

その年の冬、「暦に初雪降る」と書かれていた日、すぐ近くの日野岳という山に雪が深く降り積もりました。そこで式部は、次のような歌を詠みます。

 ここにかく日野の杉むら 埋づむ雪 小塩の松に今日やまがへる
 (ここ越前では、日野岳の杉林を埋めるほどの雪が降り積もっている。都の小塩山の松にも、今日は雪が降っていることでしょう)

目の前にある日野岳に降り積もる雪を眺めながら、式部は都に思いを馳せていたのです。

さらに、武生が大雪に見舞われた日、かいた雪を積み上げてできた雪山に人々が登り、沈みがちな式部を元気づけようと「さあ、ここへ来て雪を見てください」と声をかけたのですが、彼女は、

 ふるさとに 帰る山路のそれならば 心や行くと 雪もみてまし
 (故郷に帰る 「鹿蒜山(かひるやま)」の雪ならば、気も晴れるかと見るのですが)

と詠みました。

武生から都へ帰る途上にあった「鹿蒜山」(福井県南越前町)と「帰る山」をかけつつ、都に戻りたいという思いを表現したのです。

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