なんと「歌」で夫婦ゲンカしていた紫式部と藤原宣孝!勝者はどっち?式部の本名に関する斬新な説も紹介 (3/4ページ)

Japaaan

すると宣孝は「皆おこす」(すべて返す)と返事を寄こしましたが、そこには恨み言が添えられていました。そこで式部は、

 閉ぢたりし 上の薄氷 解けながら さぼ絶えねとや 山の下水
 (暖かくなって、閉ざされていた谷川の薄氷がようやく解けたのに、その流れを絶えてしまえとおっしゃるのですか)

「やっと打ち解けた関係になったばかりなのに、その縁を絶とうというのですね」という意味です。

これを受けた宣孝はどう思ったのでしょうか。彼が次に返事をするまで、少し間が空きます。

源氏物語石像

紫式部、タンカを切る

宣孝はしばらく経ってから次のように返しました。

 東風(こちかぜ)に解くるばかりを底見ゆる 石間の水は絶えば絶えなむ
 (春の東風で解けるほどの氷ならば、底が見える石間の水は、絶えるなら絶えればいい)

と返してきました。「打ち解けていたのは私だけで、あなたの愛情は底が見えるほど浅かったのですね。そんな関係であれば、絶えるなら絶えてしまってもいい」という意味だと思われます。

これに加えて、宣孝は「今はものも聞こえじ」(もう何も言わないよ)と伝えてきました。

見ている方もハラハラしてきますね。それでも式部は慌てることなく、こうタンカを切りました。

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