平安時代の貴族たちの日記『御堂関白記』『小右記』『権記』タイトルはどのようにつけられた?【光る君へ】 (4/4ページ)

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終わりに

『蜻蛉日記』作者の右大将道綱母(画像:Wikipedia)

今回は平安貴族たちの日記について、タイトルの由来を紹介してきました。

日記のタイトルは書いている当人たちではなく、周囲や後世の人々がつけたので、そのセンスは様々です。

ところで男性たちの日記に比べ、女性たちの日記はストレートなタイトルが多いように感じます。

有名なものでは『紫式部日記』や『和泉式部日記』、『讃岐典侍日記(さぬきのすけにっき)』など……多くが人名(女房名)+日記です。

右大将道綱母『蜻蛉日記(かげろうにっき)』や菅原孝標女『更級日記(さらしなにっき)』などは少し洒落ていますが、これは当人がつけたものでした。

もしかしたら彼女たちも伝わっていないだけで、実は自分の日記に個性的なセンスの光るタイトルをつけていたのかも知れませんね。

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