乱れた男女関係に紫式部も苦悩!?平安時代、宮中に仕える「女房」は必ずしも名誉ある仕事ではなかった (3/3ページ)

Japaaan

紫式部像

初出仕から2~3年が過ぎた寛弘5 (1008)年の秋、式部は次のように呟いています。

今より後のおもなさは、ただなれになれすぎ、ひたおもてにならむやすしかしと、身のありさまの夢のやうに思ひ続けられて、あるまじきことにさへ思ひかかりて、 ゆゆしくおぼゆれば、目とまることも例のなかりけり。

(これから私も厚かましくなって、ただ宮仕えに慣れに慣れすぎて、男性と直接、顔を合わせることも平気になるのだろうと、我が身のありさまが夢のように思い続けられて、あってはならないことまで想像してしまって、怖くなってしまい、いつものことながら眼前の儀式も目に入らなくなってしまった)

先に述べたような、「直面」のがもたらす苦痛のことを知ってからこの文章を読むと、当時の彼女の気持ちがより深く理解できる気がします。

参考資料:
歴史探求楽会・編『源氏物語と紫式部 ドラマが10倍楽しくなる本』(プレジデント社・2023年)

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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