乱れた男女関係に紫式部も苦悩!?平安時代、宮中に仕える「女房」は必ずしも名誉ある仕事ではなかった (2/3ページ)
実際、清少納言も『枕草子』で、宮仕えを軽々しいこととする考え方が世間にあったと述べています。
その原因の一つは、とかく女房生活では男女関係が乱れやすい傾向があったからだとされています。
さらに、当時の貴族の女性たちは、家族以外の男性と直接顔を合わせることを直面(ひたおもて)といって嫌っており、タブー視していたと考えられています。
彼女たちは実父や夫、同腹の兄弟たち(母同じである兄や弟)以外に顔を合わせることを極力避けていたのです。
しかし宮仕えに出た以上、訪問者の取次や文書の往還などで、直面することも覚悟しなければなりません。
よって、深窓の女性が人の目線ににわが身をさらす恥辱にも耐えなければならなかったという側面があったと考えられます。
紫式部の「欠勤」の理由は?上記のような理由からか、紫式部も宮仕えを始めてから間もなく、突然実家へ帰ってしまってそのまま半年以上も「引きこもり」の状態になっています。
『紫式部日記』を読むと、彼女の「欠勤」の原因は宮中の人間関係にあったのではないかと推測できますが、もしかすると、今述べたように宮仕えという職場環境ならではの苦悩・苦痛があったのかも知れませんね。