伝説の陰陽師・安倍晴明は地味な公務員!まるで”魔法使い”のような呪術の逸話は全てフィクション【後編】 (2/4ページ)

Japaaan

宇治川沿いの紫式部像

仮に彼女が天禄元(970)年の生まれだとした場合(諸説あり)、歳の差は4ということになります。

彼女が出仕した寛弘2(1005)年頃に晴明は亡くなっており、おそらく当時、二人の面識はなかったことでしょう。

全ては創作

【前編】で説明した通り、晴明の呪術・呪法の話は、さまざまな文献のなかに記されています。

とはいえ『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』は歴史書ではなく説話集ですし、歴史物語の『大鏡』はあくまでも文学作品です。そこに書いてあることを全て「事実」「史実」だと考える人はいないでしょう。

結論を言えば、晴明が呪術・呪法を使ったという話の多くは作り話であり、後世の創作であることはまず間違いありません。

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