紫式部が藤原道長の娘の懐妊から出産までを克明に記録。重要史料『紫式部日記』ができるまで【光る君へ】 (3/4ページ)
紫式部は彰子に仕える女房ならではの視点で、出産後3・5・7・9日目に行われた産養や御湯殿の儀の様子などを克明に記録しています。
ちなみにいずれも平安貴族の通過儀礼で、産養とは親類縁者が参集して祝宴を開くもの。また、御湯殿の儀は皇子に産湯を浴びせる儀式です。
謎の憂鬱しかし、誕生した我が子に対面するべく、一条天皇が土御門殿に行幸(天皇が内裏から出ること)する日が近づいたある日、紫式部は憂鬱な胸の内を日記に吐露しています。
この憂鬱の理由ははっきり分かりませんが、それを記している文章を以下で引用しましょう。
まして、思ふことの少しもなのめなる身ならましかば、すきずきしくももてなし、若やぎて、常なき世をも過ぐしてまし。めでたきこと、おもしろきことを見聞くにつけても、ただ思ひかけたりし心のひくかたのみ強くて、もの憂く、思はずに、嘆かしきことのまさるぞ、いと苦しき。
(まして、私の物思いがせいぜい人並みの身であったら、風流に若やいでこの世の無常を過ごすことでしょう。でも私は、素晴らしいことや趣のあることを見たり聞いたりしても、ただ思いつめた心に強く引かれてしまい、憂鬱で、思いのほか、嘆かわしいことのほうが多くなり、とても苦しいのです)
いかで、今はなほ物忘れしなむ、思ひ甲斐もなし、罪も深かんなりなど、明けたてばうち眺めて、水鳥どもの思ふことなげに遊び合へるを見る。
(どうにかして、今はもう何もかも忘れてしまおう。思い悩んでも仕方なく、罪深いことだなどと考えて、夜が明ければ外を眺め、水鳥たちが思い悩むこともなさそうに遊び合っているのを見る)
水鳥を水の上とやよそに見む われも浮きたる 世をすぐしつつ
(水鳥たちをただ水の上で遊んでいるのだと、よそごとに見ることができるでしょうか。