人を喰らう巨大な骸骨!妖怪「がしゃどくろ」は奇想の絵師・歌川国芳が生みの親だった【後編】 (3/5ページ)

Japaaan

数百の骸骨たちを一体の巨大な骸骨にした歌川国芳

歌川国芳「相馬の古内裏に将門の姫君瀧夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国妖怪を歌川国芳『相馬の古内裏』(1845年 – 1846年頃)がしゃどくろを描いたものではないが、巨大な髑髏である点から、がしゃどくろのイメージとして初期から使用されて来た。(wiki)

歌川国芳(うたがわくによし)は、江戸時代末期の浮世絵師です。

江戸時代には名だたる有名な浮世絵師がたくさんいますが、なんといっても歌川国芳の特徴は、斬新で奇抜な発想力やデザイン力でしょう。

日本美術史上の「奇想の絵師」ともいわれ大胆でユーモラスなその作品は現在でも多くの人に愛されています。

12歳から浮世絵を始めたものの、ようやくその才能が認められたのは30歳を過ぎた頃。

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