ついにきた求婚!今後まだ子を生む定子!まひろを逆ハニートラップ…大河ドラマ「光る君へ」6月9日放送振り返り (3/5ページ)
長徳2年(996年)12月に脩子内親王(しゅうし/ながこ)を生んだ藤原定子。彼女は出家する前から妊娠していたので、これは仕方がありません。
出産してから出家するのが順当でしょうが、長徳の変にともなう混乱の中で出家したため、これも百歩譲ってやむなしと思います。
しかし定子は出家後も一条天皇の寵愛深く、長保元年(999年)には皇子の敦康親王(あつやす)、長保2年(1000年)には次女の媄子内親王(びし/よしこ)を生みました。
劇中でも言及されている通り、出家とは俗世との隔絶を意味しています。
一度出家すればそう簡単に還俗できるものではなく、実質的には死んだも同じ。
かの『源氏物語』でも、主人公の光源氏が愛する継母の藤壺(ふじつぼ)が出家すると、もう一切手が出せなくなってしまいます。出家した者と通じるのは、それくらいにタブー視されていました。
しかし一条天皇はそれをやすやすと破ったことになります。いかに天皇陛下と言えども、神仏を畏れぬ振る舞いを心ある人々が批判したのは言うまでもないでしょう。
