幕末の戊辰戦争であの「錦の御旗」を作った?大久保利通の愛妾・杉浦勇とはどんな女性だったのか (2/4ページ)

Japaaan

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「帯」として発注された錦の御旗

完成した錦旗。赤地大和錦御旗二旒其一(画像:Wikipedia)

杉浦勇は京都祇園でお茶屋「一力(いちりき)」を営む杉浦為充(ためみつ。治郎右衛門)の娘として誕生しました。

成長して芸妓になったとも言われ、ほどなく大久保利通の愛妾となります。

京都御所の東に仮住まい(上京区石薬師通寺町)を与えられ、利通や志士たちを受け入れました。

彼らの世話や謀議の場を提供するなど、倒幕運動に重要な役割を果たしたと言えるでしょう。

そんな暮らしが慶応2年(1866年)から慶応4年(1868年。明治元年)まで続き、いよいよ徳川幕府を滅ぼす挙兵が間近に迫りました。

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