「元寇」は北海道や沖縄でも起きていた!実は”神風神話”もフィクション?近年の歴史解釈を紹介 (2/4ページ)
「寇」という文字を用いて「元寇始末」「蒙古寇」という表記が見られるようになったのはあくまでも江戸時代以降のことです。
ちなみに「蒙古」という言葉はモンゴル帝国自身が中国語で表記しているものです。
そんなこともあり、現代の教科書では元寇という言葉は使われておらず蒙古襲来という表記が基本です。
戦場も本土だけではなかったまた、モンゴルとの戦闘は北九州だけではなく、日本の他の地域でも行われていたことは意外と知られていません。
他の地域というのは、具体的には北海道・サハリン、そして沖縄(琉球)の2か所です。
これに北九州を合わせると、日本は13世紀に3つの地域で大規模な対外戦争を行っていたと言えるでしょう。
北九州はまだしも、北海道や沖縄でもモンゴルと戦っていたと言われると、不思議な感じがする人も多いと思います。
しかし実際、当時のモンゴルは中国東北部へも侵入し、1234年には女真人たちが建てた金を滅ぼしてサハリンなどにも進出していたのです。そしてアイヌの人々はこれらと交戦しています。
また、さらにモンゴルは東南アジアにも侵攻し、ベトナム(陳朝)やインドネシアのマジャパヒト王国などとも戦っています。