幕末、池田屋事件に巻き込まれ新撰組に討たれてしまった維新の志士・石川潤次郎とは何者か? (3/3ページ)
ゆっくりして行きたまえ……」
「御用改めである!」
「「!?」」
突如として現れたのは、京都洛中の治安を守る新撰組。過激派志士の謀議があると情報を聞きつけ、池田屋を襲撃したのです。
「石川君、恐らく君は狙われていない。すぐ逃げろ!」
「何を言う。友を見捨てて逃げたところで、生きる場所などあるものか!」
潤次郎は迫り来る新撰組へ果敢に抗戦。武勇を奮うも虚しく討死して果てたのでした。享年29歳。
終わりにかくして志半ばに落命した石川潤次郎。死後30数年が過ぎた明治31年(1898年)に政府から正五位を贈られました。
足軽から殿上人(内裏の昇殿を許される身分)への大出世。これも偶然池田屋に居合わせ、一命を賭した賜物と言えます。
同志たちとともに明治維新を見届けることはできませんでしたが、その志は今も日本人の精神に息づいているでしょうか。
※参考文献:
『コンサイス日本人名事典 第5版』三省堂、2008年12月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan