三条天皇に入内した藤原道長の次女・藤原妍子とはどんな女性だったのか?【光る君へ】 (3/3ページ)
平惟仲女)はじめ、知的で華やかな女房たちが出入りしていたと言います。
妍子自身の和歌は『新古今和歌集』など8首が入選しており、まさに才色兼備でした。
あまりの派手さに兄の藤原頼通から叱責されたこともあったそうですが、そのくらいは見逃して欲しいものです。
華やかさと悲しみを合わせ持った魅力が、今も人々を惹きつけているのかも知れませんね。
藤原妍子・略年表正暦5年(994年)
3月 誕生(1歳)
寛弘元年(1004年)
11月 正四位下、尚侍となる(11歳)
12月 従三位となる
寛弘7年(1010年)
1月 従二位となる(17歳)
2月 入内
寛弘8年(1011年)
三条天皇が即位し、女御となる(18歳)
寛弘9年(1012年)
中宮となる(19歳)
長和2年(1013年)
皇女の禎子内親王を生む(20歳)
長和5年(1016年)
三条天皇が譲位する(23歳)
寛仁元年(1017年)
三条天皇が崩御する(24歳)
寛仁2年(1018年)
皇太后となる(25歳)
万寿4年(1027年)
9月14日 出家、同日崩御(享年34歳)
今回は藤原道長の次女・藤原妍子の生涯をたどってきました。
悲しみを隠すように華やかな暮らしを送った彼女ですが、死を目前にすると慎ましく身を清め、正式に出家して美しく世を去ったと言います。
道長と倫子は死穢をも構わず遺体にとりすがり「老いた両親を置いて逝かないでおくれ。どうか冥途のお供をさせておくれ」と悲しんだそうです。
果たしてNHK大河ドラマ「光る君へ」では、彼女が物語にどんな華を添えてくれるのか、今から楽しみにしています。
※参考文献:
倉本一宏『三条天皇 心にもあらでうき世に長らへば』ミネルヴァ書房、2010年7月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan