実は「独眼竜」ではなかった伊達政宗!なぜ隻眼のヒーローとして知られるようになったのか? (3/4ページ)

Japaaan

伊達政宗の胸像

こうした状況が大きく変化したのが、昭和60年(1987)のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』放映後です。当初は役者の目蓋を糊で閉じる予定だったのですが、身体的な負担が大きすぎるとして眼帯を採用することになったのです。

その後、ドラマが記録的にヒットしたことで「政宗=眼帯をつけた独眼竜」というイメージが定着していったと考えられています。

発掘調査の結果は

最初に書いた、政宗が片目を摘出したというエピソードは、これによく似た話が仙台藩の史料にも載っています。

しかし、その真偽の決定打となったのは昭和4年(1974)の発掘調査でした。調査の結果、政宗の頭蓋骨から手術の痕は発見されなかったのです。政宗が病で片目を失明したのは事実であるものの、眼球を失ったわけではないことが今でははっきりしています。

伊達政宗の肖像画。

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