実は「独眼竜」ではなかった伊達政宗!なぜ隻眼のヒーローとして知られるようになったのか? (4/4ページ)

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本人の遺言で両目を開けた状態の肖像画が多い中、これは片目が綴じた状態で描かれている(Wikipediaより)

では、本物の政宗はどんな容貌だったのでしょうか。その手がかりは、宮城県の瑞巌寺に保管されている政宗の木像にあります。

政宗の多くの肖像画では、遺言に従って目が黒く描かれているのですが、この瑞巌寺の木像は右目が白く濁っており、生前の姿を最も忠実に再現しているといわれているのです。おそらく、これが政宗本来の容貌なのでしょう。

また、佐竹家などの記録には「(政宗は)白い布で目を覆っていた」とも記されています。来客の前では右目を隠すこともあったのかも知れませんね。

このように見ていくと、「眼帯姿の独眼竜」のイメージは完全に後世の創作であることが分かるでしょう。

娯楽作品では、隻眼や盲目のキャラクターというのはどことなく特別で強そうなイメージがあるものです。また、「独眼竜」という言葉の響きも非常にカッコよく、身もふたもない言い方ですが、カッコよく強そうなこの二つの要素のイメージが効果を発揮し、人々に「独眼竜政宗」のイメージを強く植え付ける結果になったのでしょう。

参考資料:日本史の謎検証委員会・編『図解 最新研究でここまでわかった日本史人物通説のウソ』彩図社・2022年

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