幕末の志士・坂本龍馬は詐欺をも厭わなかった!?大きく書き換えられつつある龍馬の人物像 (2/4ページ)

Japaaan

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例えば彼は、大政奉還の元ネタとなるアイデア船中八策を作り、それが後藤象二郎から山内容堂へと伝わったとされていますが、その明確な証拠は存在しません。

確かに龍馬が大政奉還後の政体構想を持っていたことは分かっています。しかし現在「伝承」として伝わっている船中八策がそれだったとは断定できないのです。

そもそも船中八策には原本も写本も存在せず、存在を示唆する同時代の史料もありません。海援隊の隊士が書いた記録書にも記述はなく、また後藤象二郎が龍馬の影響で大政奉還の案を披露したという痕跡もないのです。

では船中八策という言葉が歴史上に登場するのはいつ頃からというと、大正時代です。幕末当時はそうした言葉すら存在していませんでした。

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