武士の世が過ぎ去っても剣術に生きた、幕末・明治の剣豪・得能関四郎はなぜ自刃したのか (2/4ページ)

Japaaan

篭手打ちの名人・得能関四郎の戦歴

剣術試合に臨む関四郎(イメージ)

当時は官公庁にも名だたる剣客たちが多く在籍しており、関四郎は彼らと度々勝負しています。

得能関四郎の主な戦歴 明治15年(1882年)7月6日
吹上御苑の天覧試合にて
柿本清吉(かきもと せいきち。警視庁)に勝利 明治16年(1883年)11月4日
向ヶ岡弥生社の撃剣大会にて
磯貝昇(いそがい のぼる。憲兵)に勝利 同年12月某日
関西剣客代表との対抗戦にて
高山峰三郎(たかやま みねさぶろう。滋賀県警)に敗北 明治17年(1884年)6月22日
宮内省済寧館大会にて
松崎浪四郎(まつざき なみしろう)と引き分け 同年11月8日
向ヶ岡弥生社全国撃剣大会にて
松崎浪四郎と再戦、勝利

関四郎は篭手(こて。手首)打ちで勝つことが多く、人々からは「篭手打ちの名人」と呼ばれました。

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