【光る君へ】相次ぐ和泉式部(あかね)の不倫、不倫、不倫…それでも離婚しなかった夫・橘道貞の生涯 (4/4ページ)

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寛弘元年(1004年)に陸奥守となった道貞が陸奥国(現代の青森・岩手・宮城・福島県)へ下向する際、和泉式部から歌を贈られていることから、最低限夫婦としての体裁は保っていたのでしょう。

ここまで奔放な妻だとさすがに愛情もなさそうですが、そこまでして引き止めたかったのか、あるいは体面を気にしたのかも知れません。

しかしそんな無理がいつまでも続く訳はなく、最終的に道貞と和泉式部は離婚することになります。

具体的な時期は不明ですが、和泉式部が長和2年(1013年)頃に藤原保昌(やすまさ)と再婚しているため、それより前には離婚していたのでしょう。

ちなみに藤原保昌は道長の家司であり、武勇をもって知られた人物です。

和泉式部が惚れたのか、それとも道長の命令によるものかは分かりません。

ともあれ道貞はようやく肩の荷が下りたと安堵したのか、あるいは妻に捨てられたと嘆いたのでしょうか。

よく「女に捨てられた男は短命」と言いますが、道貞は和泉式部の再婚から程ない長和5年(1016年)4月16日に卒去したのでした。

橘道貞・基本データ

和泉式部に捨てられ?意気消沈する道貞(イメージ)

生没:生年不詳~長和5年(1016年)4月16日
両親:橘仲任/母親は不明
兄弟:兄、橘道時
主君:藤原道長
官位:正四位下/陸奥守
妻妾:和泉式部ほか
子女:小式部内侍、橘通道、女子(藤原資業室)

今回は和泉式部の夫である橘道貞について、その生涯をたどってきました。

妻が魅力的なのは結構ですが、モテ過ぎるのも考えさせられてしまいますね。

果たしてNHK大河ドラマ「光る君へ」にあかねの夫は登場するのか、するなら誰がキャスティングされるのか、今から楽しみですね!

※参考文献:

朝日新聞社 編『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版、1994年11月 武田早苗『和泉式部 日本の作家100人 人と文学』勉誠出版、2006年7月

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