母親は天女!?常人を超えた怪力を持った戦国武将・延沢満延の逸話がどれもスケールがデカ過ぎる! (2/4ページ)
この伝承にはまだ続きがあり、満重の留守中に羽衣を見つけた天女は手紙を残して天へ帰ってしまいます。
その手紙には出会った清水周辺に城を築けば子孫繁栄すると書かれていたので、満重は城を築城。こうしてできた城は延沢城と呼ばれ、なおかつ敵が近づくと城を隠すように霧が立ち込めるから霧山城とも呼ばれるようになったとのことでした。
鐘を軽々と持ち上げる怪力ぶり
そのような伝説を持っている満延は、17歳の若い時より怪力として知られており、腕試しとして山形両所宮にある鐘を持ち上げてみてほしいと若侍に言われます。
数多の力自慢が苦戦していた中、満延は軽々と鐘を持ち上げました。
満延の怪力に周囲が唖然とする中、満延は「提灯より軽いじゃないか。これを鶴子まで持って帰る」と言いのけました。
鶴子は山形両所宮より10里(約40km)離れていましたが、難なく持ち帰ったと言います。
この他にも山形県東村山郡中山町にある円同寺の鐘を山形市長谷堂の清源寺に運んだエピソードも残っています。
満延はその鐘を運ぶ際に目が見える穴を鐘に開け、頭に被りながら運びました。
この時に満延が運んだとされる鐘は、現在も清源寺に残されています。