【光る君へ】恋多き女性・あかね(和泉式部)と熱愛の恋人・敦道親王とは何者か?その生涯をたどる (2/4ページ)
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敦道親王は天元4年(981年)、冷泉天皇の第4皇子として、藤原超子(ちょうし/とおこ)との間に誕生しました。
超子は藤原道長の姉であり、敦道親王は道長の甥に当たります。
同母兄弟には光子内親王(こうし/みつこ)・居貞親王(いやさだ/おきさだ。三条天皇)・為尊親王(ためたか)がおり、敦道親王は末子でした。
外祖父の藤原兼家から大変に可愛がられてすくすく成長。13歳となった正暦4年(993年)に元服、四品(しほん。親王の位階)に叙せられます。
加冠(成人の証である冠を被せる役)を左大臣の源雅信が、髷を結う理髪を参議の藤原公任が務めました。
やがて大宰帥(だざいのそち)、すなわち大宰府の長官に任じられたことから、帥宮(そちのみや)と呼ばれるようになります。
