清少納言と離婚した体育会系な先夫・橘則光の詠んだ和歌がなかなかメルヘン!【光る君へ】 (2/4ページ)
陸奥へまかりけるときあふさかの関よりみやこへつかはしける
われひとり いそくとおもひし あつまちに かきねのうめは さきたちにけり
※『金葉和歌集』第六巻より
(陸奥へ罷りける時、逢坂の関より都へ遣わしける)
(我一人 急ぐと思いし 東路に 垣根の梅は 先立ちにけり)
橘則光は陸奥守(むつのかみ。陸奥国の国司長官)に任じられ、さっそく現地へと赴きました。
京の都を出立し、山城国(京都府南部)と近江国(滋賀県)の国境にある逢坂関(おうさかのせき。滋賀県大津市)までやって来た時に、この和歌を詠んだと言います。
【意訳】私だけが東路(あづまぢ。東国≒陸奥国への旅路)を急いでいると思っていたのに、垣根に咲いている梅の花は私より先に来ていたのだな。
梅の花が先に逢坂関へ来て、後から来た則光を出迎えてくれた……そんなメルヘンな感性が詠まれているようです。
遠く陸奥国への道のりも、梅の花と一緒であれば寂しくない。そう自分を勇気づけたのかも知れませんね。
