清少納言と離婚した体育会系な先夫・橘則光の詠んだ和歌がなかなかメルヘン!【光る君へ】 (1/4ページ)
平安文学を代表する随筆『枕草子』で有名な清少納言(せい しょうなごん)には、二人の夫がいました。
先夫は橘則光(たちばなの のりみつ)。後夫は藤原棟世(ふじわらの むねよ)と言います。
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盗賊の襲撃を受けた時は返り討ちにするなど武勇や胆力に優れていたものの、友人に対して「和歌を詠みかけたら絶交する」と宣言したり、答えに窮するとワカメを頬張ってやり過ごしたりとあまり機転の利く人物ではなかったようです。
とまぁ風流典雅にはとんと無縁な橘則光でしたが、実は勅撰和歌集に和歌が採録されている勅撰歌人でもありました。
平安時代後期の『金葉和歌集(源俊頼撰)』に一首だけですが、それでも歌人とすればこの上ない名誉。果たしてどんな和歌だったのでしょうか。

