自身の宝は家臣たち!天下人・徳川家康を支えた重臣「徳川四天王」を一挙ご紹介 (4/6ページ)

Japaaan

康政の言葉を受け、家康は秀忠に対面を許可。この働きに秀忠は大変感謝したそうです。

立花宗茂と並び立った天下無双の大将・本多忠勝

本多忠勝/Wikipediaより

3人目は、生涯参加した57回の合戦で一度も傷を負わなかった本多忠勝です。

忠勝といえば、「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」の狂歌が思い出されるかと思います。

これは、元亀3年(1573)の一言坂の戦いで、忠勝が殿(しんがり)として徳川軍の退却に貢献。その活躍を見た武田家臣の小杉左近が称賛する形で、狂歌として残しました。

織田信長/Wikipediaより

その武勇は、織田信長からは「花も実も兼ね備えた武将」と豊臣秀吉からは「日本第一、古今独歩の勇士」と称賛されました。

また、秀吉から武勇を見込まれ、スカウトを受けますが、「秀吉様の恩は深いですが、家康様と歩んだ月日には及ばない」と言い、断りました。

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