天皇が女官を裸にして相撲をさせたのが始まり!?古来からある「女相撲」の歴史【前編】 (4/5ページ)

Japaaan

『御歴代百廿一天皇御尊影』より「雄略天皇」(wiki)

それは雄略天皇十三年(469年)の頃。

気性が激しく暴君的な部分も多かったという雄略天皇は、ある日突然、采女(女官)たちに着物を脱いで裸になり、褌いっちょで相撲をとるように命じたそうです。

(原文)乃喚集采女、使脱衣裙而著犢鼻、露所相撲。

(訳)天皇は采女(うねめ。宮中の女官)を集め、着物を脱がせ、褌を締めさせ、みんなの前で相撲をとらせた。

「相撲」という言葉がでてきたのはこの『日本書紀』が初めてだそうです。

パワハラ・モラハラ・セクハラも甚だしい、現代なら完全にアウトの出来事ですが、当時は天皇命令に逆らうことはできなかったのでしょう。女官たちはほぼ全裸に近い状態でまさに「肉弾相打つ」状態で相撲をとったとか。

「天皇が女官を裸にして相撲をさせたのが始まり!?古来からある「女相撲」の歴史【前編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、女相撲神事雄略天皇日本書紀相撲カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る