大河ドラマ「光る君へ」の物語にどう絡むのか?興福寺の僧侶・定澄(赤星昇一郎)と慶理(渡部龍平)とは何者? (3/3ページ)
慶理はこの時に参加した荒法師(僧兵)の一人なのでしょう(※詳細不明、恐らく創作人物と思われる)。
寛弘8年(1011年)には大僧都(だいそうず)となった定澄。しかし興福寺の大和守の抗争は絶えず、寛弘6年(1009年)には寺僧が大和守・藤原輔尹(すけただ)の従者を殺害してしまいます。
これについて定澄は弁解に努めたものの、道長は「山門と国司の抗争が絶えないのは別当の監督責任だ」と叱責しました。
その後
何かにつけて周辺勢力との抗争が絶えなかった興福寺ですが、それでも定澄は藤原氏の信仰を得てその仏事に供奉します。
長和4年(1015年)に疫病平癒の臨時仁王会が執り行われた際には総講師を務め、同年10月には道長の50歳を祝う五十の賀において導師を務めました。
しかし急病を発したために辞去し、同年11月に遷化(せんげ。高僧が亡くなること)します。
終わりに今回は興福寺別当の定澄と、同寺の僧侶である慶理について紹介してきました。なかなか癖の強い坊さんだったようですね。
果たしてNHK大河ドラマ「光る君へ」ではどのような関わりが描かれるのか、また興福寺と抗争を繰り広げた「殺人上手」源頼親も登場に期待しています。
※参考文献:
東京大学史料編纂所 編『大日本史料 第二編』 9巻、東京大学出版会、1970年11月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan