紫式部も見惚れるほど魅力的!藤原彰子に仕えた「宰相の君(北野三位)」はどんな女性だった?【光る君へ】 (2/3ページ)

Japaaan

宰相の君の生い立ち

二人の宰相の君(イメージ)

宰相の君は生年不詳、父親は藤原遠度(とおのり)、母親は従三位季兼女(すえかね。姓不詳)でした。実名についてはよく分かっていません。

父親の藤原遠度は藤原兼家の兄弟なので、宰相の君は藤原道長の従姉妹に当たります。

兄弟姉妹には藤原高頼(たかより)・尋空(じんくう。僧侶)・朝源(ちょうげん。僧侶)・女子(藤原広業室)がいました。

藤原彰子に出仕した時期ははっきりしないものの、恐らくは彰子が入内した長保元年(999年)ごろと考えられます。

ちなみに藤原豊子の方の宰相の君は道長の異母兄である藤原道綱の娘ですから、宰相の君同士で従姪(いとこめい)・従母(いとこおば)となります。

出仕してどちらも宰相の君と呼ばれたようですが、『紫式部日記』を読むと「北野三位(きたののさんみ)」とことわりを入れているので、そう呼ばれることもあったのでしょう。

ちなみに宰相とは公卿(三位以上または参議以上)を指し、父親の遠度が従三位となっていたことから宰相の君と呼ばれました。

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