富士山に憧れすぎて…江戸時代、幕府の反対を押し切り富士登山を強行した大名・松平宗秀という男 (1/2ページ)
みなさんは、富士山に登ったことがありますか?現在はインバウンドの影響もあり、外国人観光客が富士山に登るというニュースもよく耳にしますよね。
そんな日本国内・国外から人気を集めている富士山ですが、はるか昔、江戸時代の後期に富士山に登った松平宗秀(まつだいらむねひで)という幕臣がいました。
今回の記事では、松平宗秀に焦点をあててご紹介したいと思います。
松平宗秀と徳川綱吉のつながり松平宗秀は江戸時代後期に生き、活躍した人物ですが、徳川家5代将軍である徳川綱吉と意外な接点があります。
それは、松平宗秀は丹後国宮津藩の6代藩主であり、本庄松平家9代なのですが、本庄氏は、綱吉の母・桂昌院の実家なのです(桂昌院の弟・本庄宗資が藩祖)。
本庄氏は、綱吉に取り立てられて大名となりました。以後、明治維新まで宮津藩の藩主をつとめた家系です。