実は出世できるはずがなかった井伊直弼…彼はいかにして巨大な権力を持つ地位へ上り詰めたか? (1/3ページ)
「十四男」という立場
井伊直弼といえば、徳川幕府の大老として、日米修好通商条約を調印した人物としてよく知られています。
さらにその後、安政の大獄と呼ばれる条約反対派への大弾圧を行ったことで、後世に悪名を刻んでしまった人物でもあります。
ちょっと待って!江戸時代「安政の大獄」は本当に大弾圧だったのか?井伊直弼の本当の目的と後世の誤解安政の大獄によって彼は反対派の憤激を買い、桜田門外の変で暗殺されました。
『井伊直弼画像』井伊直安作、豪徳寺所蔵(Wikipediaより)
そんな直弼は、幕末の日本にあって、一時は巨大な権力を握っていたのですが、実は本来なら大老どころか、藩主にもなれるはずのない人物だったのです。今回はそんな彼の足跡をたどってみましょう。
直弼は、十一代彦根藩主・井伊直中の十四男坊として生まれました。
