藤原道長 暗殺計画に加担!?平維衡と伊勢国の覇権を争った軍事貴族「平致頼」とは何者?【光る君へ】 (4/4ページ)

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また姉妹婿の有道維広(ありみち これひろ)が伊周・隆家の亡き父・藤原道隆に家司として仕えていたという伝手もあったようです。

しかし暗殺計画が実行されることはなく、道長の身辺に危険が及ぶことはありませんでした。あくまで噂に過ぎなかったのでしょう。

そして寛弘8年(1011年)10月2日に卒去したのでした。

終わりに

致頼 備中丞従五下

長保元与維衡依合戦事配流隠岐寛弘八十二卒

※『尊卑分脈』第十六巻 平氏より

【意訳】長保元年(1000年)に平維衡と合戦した事に依り隠岐へ配流される。寛弘8年(1011年)10月2日に卒去した。

……今回は道長四天王の一人・平致頼について、その生涯をたどってきました。

四天王とは言っても道長の忠僕だったわけではなく、いつ弓引いてくるか油断のならない存在だったようです。そもそも生前からそう呼ばれた訳ではないでしょうし……。

果たしてNHK大河ドラマ「光る君へ」では、どんな暴れぶり?を見せてくれるのでしょうか。中村織央の熱演に期待しています!

※参考文献:

藤原公定 撰『新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集 第15‐18巻』国立国会図書館デジタルコレクション

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