まさに下剋上の申し子!家臣と領民への裏切りに関しては戦国時代トップクラスのクズ武将・荒木村重 (1/2ページ)

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まさに下剋上の申し子!家臣と領民への裏切りに関しては戦国時代トップクラスのクズ武将・荒木村重

戦国時代では、裏切り行為は当然のように行われていました。

しかし、今回紹介する荒木村重(あらきむらしげ)という男ほど最低の裏切りを行った人物は少ないのではないでしょうか。

一体何をしでかしたのか、詳しく紹介します。

主君への裏切り

太平記英雄伝 廿七 荒儀摂津守村重 画:歌川国芳 (Wikipediaより)

荒木村重は、摂津国城主・池田勝正に支える家臣でした。

しかし、勝正の娘を娶って一族入りを果たしたあと、勝正の兄・知正と共謀して勝正を追放。

当主に君臨した知正も引きずり下ろして、池田家を乗っ取ってしまいます。

当時の裏切り行為は日常的に行われるもので、俗に「下剋上」とよばるものです。

下っ端から這い上がった荒木は、まさに戦国時代を代表する下剋上の申し子といっても過言ではありません。

信長との出会い

池田家を支配した荒木は、後に織田信長と出会います。

二人が初対面したとき、織田信長は饅頭を剣先に突き刺してみせました。

これに対して荒木は躊躇うことなく饅頭を口に頬張ったという有名なエピソードがあります。

このエピソードがキッカケで、信長に気に入られた新木は、摂津国37万石と有岡城の守護を命じらました。

十分な出世を遂げた荒木ですが、織田家の庇護下で甘い蜜の味を知った彼は信長の権力すらも欲するようになるのです。

そして、事件は起きます。

1577年、荒木は天下統一を目前にした信長に謀反を企てたのです。

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