新選組「近藤勇」実は全くの別名だった!泣く子も黙る新選組の局長が3回も名前を変えた理由とは? (1/3ページ)

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新選組「近藤勇」実は全くの別名だった!泣く子も黙る新選組の局長が3回も名前を変えた理由とは?

最初は「近藤勇」ではなかった

近藤勇(こんどう・いさみ)といえば、言わずと知れた新選組の局長です。日本史に詳しくない人でも、彼の名前はエンタメの世界を通して知っている人も多いでしょう。

近藤勇(Wikipediaより)

しかし実は、この近藤勇という名前は後から変名したもので、もともとの彼は別名でした。最初は「近藤」姓でもなく、「勇」とも名乗っていなかったのです。

彼は、剣の腕を上げるごとに名前を変えており、それで三回も名前を変えています。その経緯を追ってみましょう。

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彼は、新選組に参加する前は、天然理心流宗家の四代目として剣術の師範をしていました。

武蔵国多摩郡の宮川家に生まれた彼は、最初は宮川勝五郎(後に勝太)という名前でした。

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