禁断の大奥 色情まとめ!”好色禁止”の奥女中たちが身を焦がした激しすぎる性愛スキャンダル【後編】 (4/5ページ)
寺の内部には抜け道や隠し部屋を作り、女性たちと性の狂宴を繰り広げていたのですが、とうとう摘発。
下は10代から上は60代まで59人もの女性と関係を持ち、妊娠した女性には薬を与え堕胎させた女性もいた罪から、日潤は死罪。関係した奥女中たちは、追放・座敷牢に幽閉・無期限謹慎・自害などいろいろな末路を辿ったのでした。
【側室の父親が住職の寺で繰り広げられた乱行「感応寺事件」】
江戸時代、男に飢えた大奥の女中がイケメン僧侶と密会するため通いつめた「感応寺」とは?
同じく、享和3(1803)年11代将軍・家斉の治世の頃。
