どう見ても”使えない”!実用性に乏しい「縄文土器」はなぜ作られていたのか? (2/3ページ)

Japaaan

有名な火焔型土器(Wikipediaより)

実際、縄文時代に作られた土器も、当初は、あっさりした形の砲弾形の深鉢が中心でした。

そうした単純なデザインの土器はその後もずっと作り続けられていきますが、一方、縄文時代前期を過ぎた頃になると、最初に挙げたような複雑な形の土器も作られるようになっていきました。

なぜ、時代が下っていったところでそのような現象が起きたのでしょうか?

神に捧げる食器

現在では、そうした複雑な形の土器は神に捧げるための器として作られたのではないか、と考えられています。

縄文人はアニミズムの世界に生きており、木や石に神が宿ると考え、日常の祈りや季節ごとの祈りを捧げる生活をしていたとされています。

もちろん、縄文人の正確な性格の実態は知りようがないので、それは想像に過ぎません。しかし、複雑な形の精製土器は、そうした宗教儀礼の場で用いられるものだったと考えると辻褄が合うのではないでしょうか。

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