古代日本の都は糞尿まみれ!?藤原京がわずか16年で遷都した理由を衛生問題から考察 (2/3ページ)
実際、唐の都は北辺に宮殿が配置され、南へ向かって建物が広がっているという形になっていました。
ところが藤原京は、都の中央に宮殿があり、その四方が他の建物に囲まれていました。風水の観点からは理想の都とはいえないことが、当時の人々には不吉に感じられたのかも知れません。
また藤原京は、海運の拠点だった難波津から遠いことや、たびたび川の氾濫が起こることもネックとなっていたと思われます。川が氾濫すると建物に被害が及ぶだけではなく、すぐに疫病が流行するからです。
平城京へ遷都された理由は、このようにいろいろ考えられます。が、この他にもトイレおよび衛生問題という、深刻な問題もあったと考えられています。
埋めるしかなかった!?世界的に見ても、現代日本は公衆衛生が極めて高度に発達した国です。
藤原京や平城京は、そんな現代の私たちから見れば信じられないほど不衛生だったと思われます。
両者の跡地からは、一応、トイレらしき遺構が発見されています。宅地に深い穴が掘られていて、そこで用を足していたものと思われるのです。
ただし当時は、後世のような汲み取りシステムは存在しませんでいた。