役者や商人、力士まで!多くの男と関係を持った江戸時代の絶倫すぎる大名の側室・お福の無惨な末路 (3/3ページ)

Japaaan

芸人の出入りには厳しい審査が行われました。

お福はこのような場所にいたのだろうか

気が狂うまでに男を求めた

お福は蟄居先で誰ともできない不満を解消するように、庭木を使い自慰行為を行いました。しかし、それも長くは続かず、ついには髪を乱しながら、木に登って奇声を発するまで精神状態がおかしくなっていました

その後も蟄居を解かれることなく、元文2年(1739)に75歳で亡くなりました。

最後に

多くの男性と関係を持ったお福には、人を好きになるストライクゾーンが広かったことがうかがえます。また、出家した年は35歳でした。しかし、それでも引く手あまたの男性と関係を持てたお福の美貌は、当時としては格別だったものだと考えられます。

参考:末國 善己『夜の日本史』

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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