鎖国中の江戸時代、幕府がキリスト教国のオランダとも貿易を続けていた理由 (2/3ページ)
貿易を許可された船には「朱印状」が発行され、「朱印状」を携えた船は「朱印船」とよばれて幕府のお墨付きとして安全が保障されました。
この貿易に「朱印船貿易」という呼び名が付いたことからも、日本の貿易が盛んだったことがうかがえます。
幕府が恐怖した団結力日本に流入した西洋の文化のひとつに、キリスト教がありました。当時の日本人にとって斬新だったキリストの教えは、「キリシタン」といわれる信者を多く生み出しています。
キリシタンが増えて市民の団結力が高まり、大名たちの勢力が衰えることを懸念した幕府は、鎖国化を進めました。
しかし、鎖国化に反発したキリシタンたちが各地で一揆を起こします。有名な、「島原・天草一揆」もそのうちのひとつです。
キリシタンの団結力の強さに恐怖心を抱いた幕府は、強引に鎖国化を推し進めました。
鎖国中でも貿易をしていた国々
脅威となりかねないキリスト教のさらなる流布を防ぐために鎖国をおこなった日本でしたが、まったく他国との交流を絶っていたのかというとそうではありません。
キリスト教を信仰していない中国などの限られた国のほか、キリスト教国であるオランダとも交流がありました。
日本とオランダの貿易は約200年続き、出島に来日してきたオランダ人からは西洋の医学や科学を学んだとされています。