室町幕府のダメっぷり…貨幣経済への転換期・室町時代に一揆で標的にされたのは「酒屋」? (2/3ページ)
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「一揆(いっき)」とは何か?平安時代から江戸時代・近代まで様々な種類があった一揆の歴史をたどる室町幕府が発する借金棒引き令を「徳政令」と言ったことから、そうした一揆は「徳政一揆」と呼ばれていました。そこで標的とされたのはおもに高利貸業です。
当時の高利貸業は、質物を保管する土蔵造りの倉を構えていたことから、「土倉(どそう)」と呼ばれていました。
幕府も打つ手なしまた、酒造業者には高利貸しを行う者が多くいました。
そのため、こうした土倉と酒屋が一揆の標的にされることが少なくありませんでした。
室町幕府は、こうして頻発する徳政一揆を抑えることができず、仕方なくなし崩し的に徳政令を出すこともあったようです。
しかし、民からの信用もなく、財政基盤も弱かった室町幕府にとって、土倉と酒屋からの税収は貴重な収入源であり、むやみに徳政令を頻発することはできませんでした。
