鎌倉時代、関東の武士は本当に無粋で無学な田舎者だった!?実は「あの人」も恥をかいていた【逃げ上手の若君】 (2/3ページ)
こんなこともあって、異民族を意味する「エビス」という語と一体化し、朝廷(京)から見て東国や蝦夷の人々のことを「東夷(あずまえびす・とうい)」「夷(い・えびす)」と呼んだのです。
この呼び名には、荒々しい武士、情を理解しない荒っぽい人、風情が無く、教養・文化に欠ける人、特に東国の武士が含まれるようになりました。
他人を蔑む言葉なので、あまり使うべきでない言葉なのは間違いないでしょう。
とはいえ歴史上、実際に使われていた言葉ですし、『逃げ若』にも登場する北畠顕家が本当に使っていたとしても不思議はありません。
ですから今さら使ってはいけないもヘチマもないのですが、現代だったら明らかな差別用語として放送禁止になるでしょう。
ただ、今では知っている人の方が少ない言葉なので、今のところ『逃げ上手の若君』ではギリギリのラインで使えているといったところでしょうか。
北条泰時の「恥」さてそれで、当時の東夷たちの教養のほどは実際のところどうだったのでしょうか。
彼らが、客観的に見て「学がなかった」のはどうやら本当らしく、関東武士たちが漢字もろくに読めなかったのは確かなことです。
例えば、こんなエピソードが残っています。