噴火から10年。木曽・御嶽山(長野・岐阜県境)に登ったら“ある物”が消滅していた! (2/5ページ)

Japaaan


御祭神は国常立命(くにとこたちのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこのみこと)と国生み神話に縁のある神が祀られています。

開山は約1300年前、信濃の国司・高根道基が開き、1161年には後白河法皇の勅使が登山参拝をしたと言われています。平安時代から長らく修験の山として栄え、1784年に尾張の行者・覚明が、1794年に武蔵国の行者・普寛によって、一般信徒にも開かれることになります。

新しい避難施設

すっきりと晴れた空、登山口から山頂付近が見えるのが御嶽山の特徴。噴煙の上がる地獄谷からはまだ噴気があがっていました。

最高峰の剣ヶ峰までに、王滝と呼ばれるピークがあります。

かつてここから先は女人禁制と決められた「大江権現」を越えると森林限界ちかくになり、〇合目ごとに避難小屋があります。岩と岩の隙間にねじ込んだような造りで、中は壁沿いにベンチがあり、寝泊まりできるような広さはありません。

まず登頂部の「剣ヶ峰」の前のピーク、「王滝」頂上直下には新しい避難小屋が造営され、体調不良の方なども寝て回復を待つことができるほどの広さがあります。中にはヘルメットやパトロールの方が常駐する詰め所がありました。

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