戦国時代、借金のカタに国土を譲渡!?日本の国土が外国領土になったのは昭和だけではなかった (3/3ページ)
また純忠には、ヤソ会に恩を売ることで南蛮貿易を独占し、富国強兵をはかろうという思惑もあったようです。
そのため、長崎は1587年(天正15)に秀吉がキリシタン禁止令を出すまでヤソ会領となり、治外法権的な外国領のような存在だったのです。
日本準管区長ガスパル・コエリョは、秀吉の追放令に対して、スペイン領マニラに援軍を求めて対抗しようとまでしています。
こうした動きが、秀吉や徳川家康のイエズス会に対する警戒心を高め、のちの禁教令へと繋がったと言えるでしょう。
参考資料:歴史の謎研究会『舞台裏から歴史を読む雑学で日本全史』2022年、株式会社青春出版社
画像:photoAC,Wikipedia
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