織田信長が戦国きっての”引っ越し魔”だったのは何故?安土に城を築き、京に築かなかった理由【後編】 (1/3ページ)

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織田信長が戦国きっての”引っ越し魔”だったのは何故?安土に城を築き、京に築かなかった理由【後編】

交通の便が良かった安土城

【前編】では、織田信長が居城を次々と変えていった「引っ越し魔」の一面を持っていたことを説明しました。

織田信長が戦国きっての”引っ越し魔”だったのは何故?安土に城を築き、京に築かなかった理由【前編】

その上で、彼の最後の居城となった安土城はなぜ建てられたのか、安土の土地はそれほど栄えていたわけでもないのに……という疑問も示しました。

【後編】ではその疑問への答えと、最後に、なぜ彼は京に城を構えなかったのか?という疑問について解説します。

織田信長(Wikipediaより)

信長が安土に城を建てようと決めたのは、交通の便がいいことが理由でした。

なにせ琵琶湖を渡れば京に一日で行くことができましたし、信長の本拠地である岐阜にも近いです。

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