お祝い事の「紅白」のルーツ!?なぜ「源平合戦」で源氏は白、平家は赤の旗を掲げたのか? (1/2ページ)
源氏は白、平家は赤
1180年(治承4年)に、源氏と平家が一族の存亡をかけて戦った源平決戦。このとき、源氏は白旗を掲げ、平家は赤旗を掲げましたが、この色分けは旗以外にも及んでいました。
『平治物語』を紐解くと、源氏に関する記述として「星白の甲の緒をしめ」「葦毛なる馬に白覆輪の鞍」などと、白が頻繁に登場します。
一方、平家側の記述としては「赤字の垂直」「紅色の母衣」など、赤がよく出てきます。紅白の色分けは、旗だけでなく衣装などにも幅広く及んでいたことが分かりますね。
それにしても、なぜ源氏は白を、平家は赤をシンボルカラーとして用いたのでしょうか。
源氏が白を用いた理由は、以下のように説明されるのが常です。源氏の主力部隊は関東・東北の貧しい武士団でした。
白は彼らの純情かつ潔白な心を表す色であり、源氏は自分たちの信条を示すために白旗を掲げたというのです。
派手好きか、サメよけか一方、平家の赤にはいろいろな説があります。
まず、平家の派手好き説。平家は朱塗りの厳島神社を建立するなど、ともかく派手な色が好きだったようです。そこで、戦場での旗印、軍装も派手な赤を基本カラーにしたというわけです。
また、中国の道教思想の影響があったいう説もあります。古代中国では、朱や赤は不老不死を表す色で、死者を葬る棺桶にもこの色を用いていました。平家はそれを意識して、自らの旗印を赤旗にしたのかも知れません。