「英雄色を好む」は本当!?天皇・貴族・武将…色好みな歴史的偉人たちの驚きの性豪伝説べスト5【前編】 (3/6ページ)

Japaaan

観音殿(銀閣)wiki

そんな足利義政はかなり早熟で、自分の乳母だった10歳年上の今参局(いままいりのつぼね)を側室にしました。また、その側室と正妻・日野富子との間には激しい確執が繰り広げられたともいわれています。

気性の激しい正妻と側室に挟まれていたかのように見える義政ですが、ほかにも側室も多く一説によると、40人も抱えていた……などという話もあるようです。

子供の数55人の「オットセイ将軍」徳川家斉

江戸幕府の第11代将軍・徳川家斉は、江戸幕府の歴代将軍の中でも最も在任期間が長い(1787〜1837)ことで知られています。

白河藩出身の松平定信(まつだいら・さだのぶ)を老中首座として、財政を立て直し倹約を重んじる「寛政の改革」を敢行させましたが、自分の性生活に倹約はなく大奥での日々を謳歌。

生涯に側室を40人、子供を55人(男子28人・女子27人)ももうけたと伝わっています。

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